ライフスタイル分析
- 2016/03/06
- 08:01
私はアドラー心理学に随分お世話になっていますが
その中で、最も影響を受けたことをお話します。
私自身がアドラー心理学のライフスタイル分析というものを受けたときのお話です。
(2009年に書いた文章を加筆・修正しています。(*^_^*))
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・:
ライフスタイル分析とは
問題に対峙した時その人はどのようなスタイルをとるか
という、その人の行動や考え方(信念)のパターンを知るものです。
アドラー心理学のライフスタイル分析は
「早期回想」や「家族布置」などのインタビューをし、
そこから診断するという手法をとります。
「早期回想」とは
幼いころの記憶で
ある日ある時のできごとに感情を伴った記憶を言います。
幼いころの家族のことや
回想したエピソードをいくつか話すと
そこからカウンセラーがその人のライフスタイルを推測・分析します。
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・
私はヒューマンギルドで、
講師の先生にライフスタイル分析を勧められて受けてみました。
今から20年前のことです。
早期回想をしてから1週間後に診断を受けた時
「あなたは努力家ですね?」
と言われ、私は
「え~っ!そんなこと、
人から言われたことも自分で思ったこともないです。
ずっと自分は怠け者だと思って生きてきましたし、
そう言われ続けています。」
と答えたものの
心の芯が温まるような感じで
本当に嬉しかったのをよく覚えています。
厳しく完全を目指す両親に育てられ
それとは知らず自信を失っていた私に
その人はまず大いなる勇気づけをしてくださったのです。
そのままでOKと言われているのと同じことでした。
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・。
私にとって、自分でも気付かない自分を知るということは、
とても嬉しい体験でした。
どんなにがんばっても
自分で「努力している」と思えないでいたころは
なんとなく打ちひしがれたような感じで
「もっと努力しなければ・・・でもできない。私はやっぱり怠け者なんだ。」
と言い続けていたのです。
それは決していいことではありませんでしたし
本当の意味で前向きにもなれずにいました。
しかしそれからは「私はがんばっているよ」と
言えるようになりましたし
何より生きることが楽になりました。
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・。
そのままでOKと言われたら
そこに胡坐をかくかというと
そうではありません。
かえって、もっとがんばろうという気になるものです。
「まだダメだ、まだ足りない」という自分自身のつぶやきは
私には何の力も与えてくれませんでした。
「これでいい、充分努力している」
とつぶやくことこそが私のエネルギーであり、呼吸だったのです。
私はどんな自分であれ
自分自身を受け入れることを学びました。
また、他からも受け入れられる自分であることに気づきました。
自分のことを知り、受け入れるというのは
健康なパーソナリティを形成する上でとても大切なことだと思っています。
(私のライフスタイルがどう診断されたかは、またいつか・・・。)
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・。
不完全を受け入れるにも勇気が必要です。
I’m not OK. I’m OK.
どちらの態度が次への1歩を踏み出せるか
みなさんはどうお考えですか。
その中で、最も影響を受けたことをお話します。
私自身がアドラー心理学のライフスタイル分析というものを受けたときのお話です。
(2009年に書いた文章を加筆・修正しています。(*^_^*))
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・:
ライフスタイル分析とは
問題に対峙した時その人はどのようなスタイルをとるか
という、その人の行動や考え方(信念)のパターンを知るものです。
アドラー心理学のライフスタイル分析は
「早期回想」や「家族布置」などのインタビューをし、
そこから診断するという手法をとります。
「早期回想」とは
幼いころの記憶で
ある日ある時のできごとに感情を伴った記憶を言います。
幼いころの家族のことや
回想したエピソードをいくつか話すと
そこからカウンセラーがその人のライフスタイルを推測・分析します。
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・
私はヒューマンギルドで、
講師の先生にライフスタイル分析を勧められて受けてみました。
今から20年前のことです。
早期回想をしてから1週間後に診断を受けた時
「あなたは努力家ですね?」
と言われ、私は
「え~っ!そんなこと、
人から言われたことも自分で思ったこともないです。
ずっと自分は怠け者だと思って生きてきましたし、
そう言われ続けています。」
と答えたものの
心の芯が温まるような感じで
本当に嬉しかったのをよく覚えています。
厳しく完全を目指す両親に育てられ
それとは知らず自信を失っていた私に
その人はまず大いなる勇気づけをしてくださったのです。
そのままでOKと言われているのと同じことでした。
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・。
私にとって、自分でも気付かない自分を知るということは、
とても嬉しい体験でした。
どんなにがんばっても
自分で「努力している」と思えないでいたころは
なんとなく打ちひしがれたような感じで
「もっと努力しなければ・・・でもできない。私はやっぱり怠け者なんだ。」
と言い続けていたのです。
それは決していいことではありませんでしたし
本当の意味で前向きにもなれずにいました。
しかしそれからは「私はがんばっているよ」と
言えるようになりましたし
何より生きることが楽になりました。
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・。
そのままでOKと言われたら
そこに胡坐をかくかというと
そうではありません。
かえって、もっとがんばろうという気になるものです。
「まだダメだ、まだ足りない」という自分自身のつぶやきは
私には何の力も与えてくれませんでした。
「これでいい、充分努力している」
とつぶやくことこそが私のエネルギーであり、呼吸だったのです。
私はどんな自分であれ
自分自身を受け入れることを学びました。
また、他からも受け入れられる自分であることに気づきました。
自分のことを知り、受け入れるというのは
健康なパーソナリティを形成する上でとても大切なことだと思っています。
(私のライフスタイルがどう診断されたかは、またいつか・・・。)
・゜’☆ :*:・:*:・゜’☆ ,。・:*:・ ゜★,。・。
不完全を受け入れるにも勇気が必要です。
I’m not OK. I’m OK.
どちらの態度が次への1歩を踏み出せるか
みなさんはどうお考えですか。