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母を好きと言えるまで

ずっと、子どもの頃からずっと、思っていたことがあります。

それは、子どもは親が大好きなのがスタンダードってこと。

小学校の高学年くらいから私は親が嫌いでした。
でも、誰にも言わずに、中学3年生までは大人しくしていました。
霊柩車が通るとみんな親指を隠すという遊び?がありました。
(連れて行かれると困るから親(指)を隠すというような意味でした)
私は友だちに隠れてこっそり親指を「いいね!」していました。

私の親は悪人ではありません。
むしろ子どもに対しての愛情がとてもとても強かったです。
道徳や倫理観の強い正しい親でした。
信念を貫き通す親でした。
特に母親が。
でも私はそれが嫌だったのです。
母は私ではなく理想の私を見て、その姿を押し付けて来ました。(と、私は感じていました)
私はそれが本当に嫌だったのです。

でも、ココロのどこかで私はずっと
子どもは親を愛し尊敬し大事にするのがスタンダードだと思っていました。
「好き」が基準で、子どもというのはそういう規格でできているものって。
だから、「お母さん嫌い」って言っちゃいけない気がしていました。
大人になって、友だちが故郷のお母さんに「田舎じゃなかなか買えないからね」って
下着を買って送ってあげるのを横でじっと見ながら
そんなことを考えもつかない私は
人としてどこかおかしいんだろうかと考えたこともあります。

アドラー心理学を学んで
色々楽になりました。
「母親が好きになれません」って言うようにもなりました。

でも…

親を否定している自分というものが
なんだかダメな感じがしていました。

人生は「自己決定」なんだから、
親の考えを理解して受容することもできたし、
うまく受け流すこともできるのに
「嫌い」という感情を作り出している自分が
なんだかダメな感じがしていました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ああ、でも、そうじゃなかった。

「子どもは親を好きなものだ」
っていうのは、そうかもしれないし、
私も多くのママたちパパたちにそう伝えているけれど。。。

一つは「子どもは親を好きなものだ」っていうのは
社会通念のようでそうではなくて
洗脳に近い、「あるべき」の呪文だということ。

そしてもう一つ気づいたことがあるのです。
反抗期と同じだということ。

反抗期は
反抗期の子どもがいるのではなくて
思春期に「反抗させる大人がいる」
っていうのがアドラー心理学を学んだ私の考えです。

親が好きな赤ちゃんがいる。
そのまま育てていたら親を好きなままで大きくなる。
だけど、そこに
「親を嫌いにさせる親がいる」

母のせいだけにはできないけれど
私を好きだったら私に好かれる努力をしてくれてもよかったよね。笑
堪忍袋の尾が切れた私は
キレた高校生になったのでした。

長い反抗期は35歳くらいまで続きました。

「親を好き」呪縛も50年。
もういいや。
って思えたら、
不思議なことに
好きでも嫌いでもなくなるのです。

そして、嫌いでもいいんだって思えてくるのです。

そして、
今、私は
「本当はお母さんのこと好きだったんだ」
って
言葉にするのはまだ恥ずかしいんだけど
そう思える自分に気づきました。

それが、ふと気づいたら母の命日だったのです。
10月21日。



おかあさん、ありがとう。

私を育てるの、大変だったね。

ごめんね。

でも、最後は楽しかったよね。

一緒の時間を押し付けてくれて(笑:そうでなければ逃げ出していたので)

ありがとう。


やっと、やっと

私は自分の人生を丸ごと肯定できる日が来ました。

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親を好きになれない人、
たくさんいます、わかります。
私は好きだったことを思い出しちゃったけど
好きにならないままでもいいんだと思っています。

どうか、これを読んで自分を否定しないでくださいね。
いいんです。
あなたはあなたのままで。

親だけが全てではありませんから。



コメント

好きって聞いたことないけど、本当に嫌いだったら一緒に行動しないし、先生はあっこちゃんのこと大好きだと思う。
あっこちゃんも、なんだかんだ言って先生のこと好きなんだなぁっていつも思ってたよ。嫌いな人なら悪口も出ないし。2人のやり取りはかなり面白かった。ステキな親子だよ。近いうちお墓参り行ってくるね!

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