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本当はつらい人だった過去の私と、今の私

厳しい両親に育てられて
その結果、「自分」というものを自分で創り上げて
今の私がいます。

2年前に母のことを書いたブログ→ 私の材料
母は、「熱意の人」でした。
何をするにも自分の信念にしたがって、
自分にも他者にも厳しく生きた人でした。

同じ頃、父のことを書いたブログ→ 私に影響を与えた人
私は父親っ子でした。
普段、父は良き話し相手であり遊び相手でした。
私の温厚な感じは父に育てられた部分です。
わりと父親に対しては肯定的な意見を持っています。

学生の頃、理不尽に厳しく正しい両親に、
激しく反抗しつつも抗えない領域がありました。
それは、今思えば私の弱さ、依存、甘えです。
勇気がくじかれた状態でした。
未来の目標なんかなかった。
とにかく自立することが目標で、
経済的に自立しても、精神的に自立するってどういうことなのか、
本当のところよくわかっていませんでした。

理不尽で正しい
この相反する言葉を説明するために2つ例を挙げます・・・
1。高校生の時に彼氏ができました。
どこでどう嗅ぎつけたのか、私の両親は彼氏を突き止め彼の家に手紙を郵送したのです。
「学生らしいお付き合いを希望します」的なことが書かれた手紙を。
ドン引きです。正しいですが、JKだった私にしたらなんという理不尽な仕打ち。
2。家のルールとして学生時代、週末の外出は禁止でした。
1980年代の話です。明治じゃありません。
「学生の本分は勉強。だから、勉強しなさい」というのが親の主張です。
ドン引きです。正しいですが、間違っています。

もう、一事が万事こんな調子でした。
大事に育てられたのだと、今は納得しますが、
でもこの育て方は、私が望んだ愛情ではありませんでした。

最後まで自分を通すためには、私は嘘をつくしかありませんでした。
そんな中で、仮初めの自由を楽しむしかなかったのです。

だから、私はいつも明るい人のようで、本当は辛い人でした。
私はなんでも自由にしているようで、いつも不自由な人でした。
いつも言いたいことを言っているようで、本当に言いたいことは言わないほうがいいことを知っている人でした。

数年前に母が他界してから、(父はずっと前に他界しています)
私はどんどん自由になっています。
親の死をこんな形で乗り越えていいのか?とも思う時がありますが、
結論:いいんです。私はこれでいいんです。

本当の自己肯定感と本当の他者信頼と本当の貢献感を知りました。

こうしてブログに書くことができるのも、
自分の中で昇華した想いがあるからです。


さて、今の私。
今の私は本当に未来を見据えて今を生きています。
人生の充実している時間を まさに今、体験しています。
思考がはっきりと巡っています。
意識がここにあるからです。
目標が少し遠い高いところにあるからです。
もちろん、ちょっとポンコツなのでそんなに冴え渡る感じでないのも気に入っています。

私のこの幸福感のベースにあるのは
アドラー心理学です。

だから私は、アドラー心理学をお伝えすることをライフワークにします。

この目標を成就するためにスキルも身につけます。
スキルは皆さんにシェアできるものです。
少しづつ、お伝えしていきます。

愛だけじゃ育たない
もっといいやり方があるはずなんです。

そのことについては、またいつか。
私が変容を果たした経緯についても、手法についても、
きっと誰かの役にたつと思います。

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最近の私のこと、少しわかっていただけたらいいなと、世界に発信してみました。(やりすぎ)

お読みいただき、ありがとうございました。( ´∀`)



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